育児

遠すぎる親子、近すぎる親子 ~新型コロナウイルスの渦の中で思ったこと

遠すぎる親子、近すぎる親子 ~新型コロナウイルスの渦の中で思ったこと

先月末、知人に赤ちゃんが産まれました。

5月予定のはずだったのですが、早産で1ヶ月半も早く産まれてしまいました。
赤ちゃんは5月までNICUに入っています。

最初のうちは両親は面会できたのですが、緊急事態宣言の影響で、1日1人1時間の面会に制限されてしまいました。

外部から人が出入りすることが、NICUに入っている免疫力の低い赤ちゃんたちにとってはリスクになり得る。

病院側の意図は分かるのですが、ご両親のお気持ちを考えると本当に気の毒です。

そして昨日、お父様の方は病院に入ることすら許可されなかったとのこと。

赤ちゃんは一定の体重を越すまでは、退院ができません。
あと1ヶ月はかかるでしょう。

産まれたばかりの我が子に長い時間会えないというのは、一体どんな気持ちなのでしょうか。

私自身のお産を少し思い出しました。

私は大学病院で出産をしました。
14時間、陣痛に苦しんだ後、やっと会えた我が子。
一目見ただけで、抱っこすることもできずに、さっさと別の部屋に連れていかれてしまいました。

どうしても会いにいきたくて、お産でフラフラになった体を引きずって、窓越しに我が子を見ようと面会室まで歩いていきました。

でも、貧血なのか脱水なのか、途中で座り込んで動けなくなってしまい、部屋に引き戻されてしまいました。

母子別室だったので、その日の晩は夫が撮ってくれた我が子の写真を何度も眺めながら、
ママと引き離されてびっくりしていないかな
寂しくないかな
泣いていないかな
お腹空いていないかな
など考えながら、我が子がかわいそうで少し泣きました。

NICUにお子さんが入っている知人は、そんな気持ちに長く耐えなければならないんだろうなと思うと、胸が張り裂けそうな思いです。

世界中では今、そんな親子がたくさんいるのだと思います。

大切な人に会いたいのに会えない人が。

そして、大切な人の顔も見れずに、お別れをしなければならないという人たちも…

 

私の住むLAでは外出禁止令が出て1ヵ月が経とうとしています。
日本では今週から緊急事態宣言が出ました。

お子さんの保育園や学校がお休みになっているのに、在宅で仕事をしなければならない方々や、この状況でも外で仕事をしなければならない方々がたくさんいらっしゃいます。

外出自粛が求められる中で、子供への虐待が増えるのではないか、という懸念の声も耳にします。

子供と離ればなれになるのは辛いことです。
子供とずっと一緒にいなければならないのも、それはそれで辛いことです。

でも知人の話を聞いて、子供といつも一緒にいられるのはありがたいことなのだと、改めて思いました。

言うことを聞かない我が子にイライラする気持ち
片付けても片付けても片付かない部屋にげんなりする気持ち
料理しすぎてキッチンの前に立つことすら考えたくない気持ち
冷蔵庫を開けて全ての食べ物を食べてしまいたい気持ち
昼からワインを飲みたくなる気持ちは

とても良く分かります。
私もそうですから。

私たちの脳は、「危機」に過剰反応するようにできています。
これはある種の生存本能で、外敵が襲ってきたときに瞬時に対処できるようになるためです。

このため、ポジティブなことよりもネガティブなことばかり考えてしまいがちなのです。

泣きわめく我が子に、わがままを言う我が子に、食べ物をけちらす我が子にイライラしてしまう時、思い出しましょう。

無邪気に遊ぶ姿を見れることは、当たり前なことではないのだと。

食べ物を夢中で頬張る姿を見れることは、幸せなことなのだと。

一日の終わりに我が子の寝顔を見れること、奇跡の重なりで実現したことなのだと。

遠すぎる親子、近すぎる親子 ~新型コロナウイルスの渦の中で思ったこと

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