先日ひょんなきっかけから機会をいただき、目白大学英米語科の学生さんたちに「世界で拡大する健康格差 ~世界一の長寿国日本でも 縮まり続ける健康寿命~」というテーマで講義をさせていただきました。
大学の授業は1時間半。そんなに長いコマをいただいてお話しをさせていただいた経験は今までになかったので、準備するのは大変でしたが、健康というのは万人に共通する話題。生徒さん達にも興味深々で聴いていただけました。
今回はその講義の内容を記事用に再編集し、アメリカと日本のケースに分けて、2本立てでお届けします!
さて、なぜ「世界で拡大する健康格差」というテーマを選んだかというと、学生さんたちに講義の終わりに、自分たちの口に入れるものについて考え直してもらいたかったからです。今、世界で食と健康をめぐって一体何が起こっているか、そして日本の現状と今後どうしていくべきかについて見ていきたいと思います。
数字で見る食をめぐる環境の変化
いきなりですがここでクイズです!
※答えは記事の最後に
私たちは人類史上かつてなかったほどの数の化学薬品に囲まれて毎日を送っているわけで、生物学的には非常事態です。食品・日用品メーカーは「人体に害はない」と言ってこういった化学薬品を使用していますが、短期的な動物実験しかなされていないのがほとんどで、長期的に使い続けるとどうなるかということが吟味されずに製品化されてしまっているのが現状です。
ちなみにアメリカでは70万種類以上の化学薬品が食品や日用品に使われていると言われています。
50年の間に世界の人口は2倍に増えました。それに伴い、肉の消費量も5倍に増えたので、多くの人にたくさんの肉を食べさせるため、効率よく畜産業を行わなくてはなりません。
結果、狭い施設で大量の家畜を育てることになりました。そういったところでは感染病が流行りますから、牛や鳥に抗生物質をたくさん打って病気になりにくくしているというわけです。畜産業は「工業化」されてきているのです。
ニューヨーク・タイムズ紙の料理記者マーク・ビットマンがTEDトークで語った内容によると、アメリカだけでも年間100億頭の動物を食用に殺しているそうです。おびただしい数ですね。
その数の動物たちを全部並べようとすると、地球と月を5往復できるらしいです(笑)。
今私たちが食べている食べ物は、50年前、100年前の人々が食べていたものと全く違います。同じトウモロコシでも、今と100年前では、サルと人間ほど違うのです。品種改良や遺伝子組み換えが行われ、大量の農薬が使われ、家畜には抗生物質やホルモンが投じられているからです。
食糧の大量生産を可能にした緑の革命
1940年代から1960年代にかけて、緑の革命というものが起こりました。
品種改良された収穫量の多い種が使われるようになったり、化学肥料の大量投入などによって穀物の生産性が向上したことから、穀物の大量増産ができるようになったんです。
1940年代から1960年代というと戦後で、人口が爆発的に増えていた時期です。緑の革命は人口増加に貢献した大きな要因です。
これは良いことでもあるのですが、結果私たちは自然な状態からかけ離れた食べ物を食べることになったのです。
アメリカを取り巻く肥満の現状
私は高校時代にアメリカに留学していたのですが、びっくりしたことがあります。
1.食べ物がとにかく大きい
普通サイズを頼んだつもりでも、日本の感覚では特大サイズが届いたりします。
16歳の食べ盛りの女の子でしたから、これは助かりましたが(笑)
2.太っている人が多い
失礼ですが、何をどう食べたらこんなに太ってしまうの!?というくらい肥満の方々であふれていました。大人になってからワシントンDCに行ったときはそうでもなかったですが(ワシントンDCは全米でもフィットネス人気な都市ならしい)、高校時代にいたテネシー州やミネソタ州では、そういう肥満の方々をよく見かけました。
3.学校給食がひどい
基本的にピザやポテトでした。一番衝撃的だったのが、ピザとポテトをプレートに載せた同級生が、ケチャップの袋を片手で持ちきれないほどつかみ、一つだけ開けてちょっと使ってから全部捨てたことです。食べるものを無駄にしてはいけないと教えられる日本では考えられないことですよね。
とにかく、あまりにジャンクなものは昔から嫌いなので、その時にはサンドイッチか何かを作って持参していました。
そんなアメリカでは大人の38%(3人に1人)が肥満、子供においても17%(5人に1人)が肥満と報告されています。
この10年間で、特に働き盛りの30代の肥満が70%も増加しており、心臓病や脳卒中、糖尿病などの生活習慣病にかかる人が激増しています。
私たちの世代、もしくは私たちの子供の世代は、親よりも寿命が短くなっていくのです。
こんな状況を皮肉に表した絵を見つけました。
出典:TED.com
人間に進化した次は、肥満で豚のようになっていくんでしょうか・・・泣
地図で見る肥満の分布
CDC(アメリカ疾病予防管理センター)のデータによると、2011年から2015年の間だけでも、州ごとの肥満率はこんなに増えています。※右にスライド
全国をみても肥満率20%以下の州はなく、ルイジアナ、アラバマ、ミシシッピあたりの南部に特に目立ちますね。
肥満率は、人種によっても偏りがあります。悲しいことに、黒人やヒスパニックなどのマイノリティに多いのです。
▼白人の肥満率
南部や中西部が多いのは変わりませんが、先ほどの全体図と比べると少な目ですね。
▼ヒスパニックの肥満率
白人と比べるとかなり多くなっています。
▼黒人の肥満率
ちょっとショッキングですね・・・
どうして白人よりも、ヒスパニックや黒人に多かったのでしょうか?
これにはアメリカの人種間の雇用機会の差や経済格差が大きくかかわっています。残念ながらアメリカでは有色人種の方が著しく貧しいからです。
なぜ貧しいのに太っている?
肥満は所得の低い家庭に蔓延します。太っているというと食べ物がたくさんあって裕福だから、と思うかもしれませんが、お金がないからこそ、栄養素の低い粗悪なジャンクフードしか買えず、どんどん太っていくのです。
逆に富裕層は地元で育てたオーガニックの食材や牧草で育てられた牛を買うことができます。こういったものは高価ですよね。
現代人は3ドルで家族4人が食べられるマカロニチーズを買うか、同じ値段でオーガニックのホウレンソウを買うかという究極の決断に毎日さらされており、健康でいたければ後者を選べるだけの健康に関する教養と経済的余裕が必要です。だから絶対的に富裕層の方が健康的に痩せていられます。
ちなみに米国の格差はひどいもので、全人口の1%の富裕層300万人の税引き後の所得は低所得層の1億人の所得と等しいのだそうです。
低所得層が頼るフードスタンプ(SNAP)
また、低所得層に肥満が広がる背景として、低所得者向けに発行される無料の食事クーポン「フードスタンプ」の存在があります。フードスタンプは、 1964年にジョンソン大統領によって設立されたプログラムで、低所得層に向けた栄養サポートプログラムの一環です。基準を満たしていると月194ドル受け取ることができます。2人目以降は146ドル受け取ることができます。これはEBT(Electronic Benefit Transfer)と呼ばれるデビットカードに毎月送金されます。
正式名称はSupplemental Nutrition Assistance Program (SNAP)なので、日本語では「補助的栄養支援プログラム」。低所得層の栄養強化のために設立された制度ですが、いくつか問題点があります。
表面上では、フードスタンプではパンやシリアル、野菜、果物、肉や魚や乳製品が買えることになっています。が、その多くがジャンクフードや甘い飲み物を買うことばかりに使われてしまうのです。USDA(アメリカ農務省)によると、2011年には13億ドルがジャンクフードやお菓子、甘い飲み物に使われていました。本来なら栄養を補強するために作られた制度なのに、その多くが栄養のないものに使われてしまうのですね。
SNAPとはキレるという意味もありますが、そういうものばかりを食べていると、アドレナリンが出てキレやすくなる、ということでちょっと皮肉なダジャレとして知られています。
ここで注目すべきは、SNAPは国民の税金からまかなわれているということです。国民の血税が栄養のないジャンクフードや甘い飲み物を買うことに使われ、そのお金はコカコーラやペプシ、マクドナルド、モンサント、ケロッグなど、飲食業界を牛耳る大企業の懐に入るのです。何かおかしいと思いませんか?
こういった企業は、政府よりもお金を持っています。こういったお金を持った企業はしきりにロビイング活動を行い、政治家に自社に都合の良い政策ばかりつくるように求めます。政府も財源を確保するために、こういった企業に明らかに不利になる政策は採択しにくいのです。
もう一つの問題点は、不正受給が多いということです。
フードスタンプの年間の政府支出は750億ドル(約6兆円)以上ですが、このうち7億5000万ドル(約600億円)が詐欺による損失であるといいます。
以前にフードスタンプを受給していながらポルシェに乗っていたという女性がいて、炎上しました。
こんな背景を皮肉的に批判した歌があります。
チャプター・ジョンソンという女性が出したIt’s Free Swipe Yo EBTという曲なのですが、タダでフードスタンプをもらえると思って子どもを産みまくる低所得層の女性の生活を皮肉的にあらわした歌です。
「××すれば9カ月後には大金をもらえるのよ」「これがあなたの払った税金の使い道」とひどい歌詞です。※良い子は真似しないでね
アメリカでは赤ちゃんに与える粉ミルクよりも、甘~い炭酸飲料の方が安く買えますので、哺乳瓶にマウンテンデューを入れて飲ませるお母さんも少なくありません。
「あまくない砂糖の話」というドキュメンタリー映画では、小さい時からマウンテンデューを飲み続けて歯がボロボロになってしまった17歳の少年の話が取り上げられています。
出展:あまくない砂糖の話
ボロボロになってしまった歯を20本以上抜くシーンが痛々しく描かれています。度重なる砂糖摂取のせいで炎症を起こしており、麻酔も効かないのに歯を抜かなければなりません・・・が、こんなに辛い思いをしているのにもかかわらず、治療が終わったらまだマウンテンデューを飲み続けるというのです。
▼「あまくない砂糖の話」レビュー
こういった人々に必要なのは、医療ももちろんですが、マウンテンデューのような砂糖水を飲み続けたら歯がボロボロになってしまうよ、という教育です。でも、教育をすると製品が売れなくなる。製品が売れなくなるような政策を作るような政治家は、大企業に支持されない・・・悪循環ですよね。こういったことがアメリカで起こっているのです。
■クイズの答え
クイズ1⇒3
クイズ2⇒2
<参考文献>
Medial News Today. We come into contact with more than 500 chemicals and toxic substances every day
CDC. Adult Obesity Prevalence Maps
the State of Obesity. State of Childhood Obesity *2019年更新USDA. Foods Typically Purchased by Supplemental Nutrition Assistance Program (SNAP) Households (Summary)
あまくない砂糖の話